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腰痛にはサソリの毒がいい?!


サソリの毒が、腰痛を治す!?
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20130218/340613/?ST=ecology&P=1

 
その日は、うだるように暑かった。

休暇でメキシコ太平洋岸にある別荘を訪れていたマイケル(仮名)は、椅子にかけて乾かしてあった海水パンツをはくと、プールに飛び込んだ。だが水の心地よさを味わう代わりに、激しい痛みに襲われた。マイケルはあわててパンツを脱ぎ捨てると、裸のままプールから飛び出した。太ももの裏側が焼けるように痛い。

マイケルは、水の中を漂っていた黄色い小さな生き物をプラスチック製の容器にすくい入れると、別荘の管理人に付き添われて病院へと急いだ。医師は、その生き物が北米でも有数の毒サソリ、バークスコーピオンであるとひと目で見抜いた。刺されると全身に電気ショックを受けたような衝撃が走り、死に至ることもある。幸いにも、その一帯にはよくいるサソリだったので、すぐに抗毒素血清の注射が打たれ、30時間ほどで痛みは消えた。

意外だったのはその後のことだ。マイケルは8年前から、強直性脊椎炎という自己免疫疾患にかかり、慢性的な腰痛に苦しんでいた。最悪の場合、背骨が曲がってしまうこともある病気で、発症のメカニズムはまだ解明されていない。「毎朝のように腰が痛み、ひどいときには歩くことすらできなかった」とマイケルは言う。

だが、サソリに刺されてからは腰痛が消え、2年たった今では、ほとんど薬を飲む必要もなくなった。医師であるマイケル自身は、サソリの毒が腰痛の治療に役立ったとは安易に断言しないが、それでも「腰痛がぶり返したら、またあのサソリに刺してもらうよ」と語る。


刺咬毒には薬としても有益なものがある


生物由来の毒の中でも、ヘビやハチ、サソリなどが牙や針先から分泌する毒は「刺咬毒」と呼ばれている。自然界で最も強力な毒で、もっぱら敵や獲物の動きを麻痺させるために進化してきた。

皮肉なことに、殺傷能力のある刺咬毒には薬としても有益なものがある。刺咬毒の成分から生まれた心臓病や糖尿病の特効薬はすでに広く使われていて、今後10年のうちには、自己免疫疾患やがん、痛みに対する新しい治療法が出てくる可能性もある。

「一つや二つの特殊な薬ではなく、さまざまな分野の新薬が生まれるでしょう」と語るのは、ナショナル ジオグラフィック協会の支援を受けて生物毒を研究するゾルタン・タカシュだ。これまでに研究された毒素は1000種類弱だが、すでに10種類以上の薬が商品化されている。

「解析を待っている毒素は2000万種類を超えるでしょう。これは大変な数です。刺咬毒は薬理学に新たな道を開いたのです」
(『ナショナル ジオグラフィック日本版』2013年2月号特集「生物の毒が人間を救う」より)